四国第八十三番札所 神亳山 一宮寺 いちのみやじ

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一宮寺について

地獄の釜とおばあさん

地獄の釜とおばあさん

大きなクスノキが頭上に枝をひろげる、当寺院の境内。こちらには人々を病気から救うとされる、薬師如来さまを祀る小さな祠があります。実はこの薬師如来さまには、昔から語り継がれる一つの言い伝えがあります。

昔むかし、このお寺の近くに、
意地悪で病気がちなおばあさんが住んでいました。
ある日近所の人から「このお寺には地獄の釜の
煮えたぎる音が聞こえる祠があって、

悪いことばかりしている人が
頭を入れると抜けなくなる」という話を聞きました。
そこで、おばあさんは「そんなことはないだろう」と
ためしに頭を入れてみたのです。

するとたちまちとびらが閉まり、
下のほうからゴォーーッという地獄の音が聞こえてきました。
おばあさんはあわてて頭を抜こうとしましたが、どんなに力をこめても抜けません。

とうとう怖くなり「今までのことは許してください。
もう意地悪はしません」と涙ながらに何度も頼むと、
とびらは開き、頭がすっと抜けました。

それからというもの、心を入れ替えたおばあさん。
体もすっかり元気になり、近所の人とも仲良く
暮らしたということです。
この祠は、お大師さまが美しい心とすこやかな体を
授けるために、つくられたのかもしれません。

地獄の釜とおばあさん

一宮寺は、大宝年間(701-703)に法相宗の祖、義淵僧正が開いたと伝えられています。当初は大宝院と称していましたが、和銅年間(708-715)に諸国に一宮が建立された時、讃岐一宮として田村神社が建立され、その第一別当寺(統括管理職)となりました。その後、行基菩薩が堂塔を修復し、一宮寺に改めたとされています。

大同年間(806-810)には弘法大師さまが四国八十八ヶ所建立の際、一宮寺に訪れて聖観音菩薩を彫刻して設置しました。その尊像を本尊として安置し、四国第八十三番の霊場として真言宗に改めました。

その後、次第に兵乱が起こり、あちこちの寺院が多く滅亡しました。天正年間(1573-1592)には、一宮寺も土佐守の長宗我部の侵攻により兵火にかかり消失したとも伝えられていますが、ほどなくして建て直され、江戸時代には高松藩主により田村神社と分けられていまの姿になりました。

一宮寺の境内

一宮寺MAP 仁王門(山門) 本堂 大師堂 一宮御陵 護摩堂 手水舎 三密会館

一宮寺の境内には、古刹としての堂々たる風格や、昔からの言い伝えをもつさまざまな建造物があります。
当寺院のシンボルでもある、クスノキの下に広がる庭園も愛でながら、ぜひごゆっくり散策ください。

仁王門(山門)

屋根瓦葺きの表門。両脇の仁王尊立像は京都の仏師・赤尾右京の作です。大わらじが奉納されています。わらじには旅の道中安全を祈願する意味があります。

仁王門(山門)

本堂

古刹としての風格がある本堂は十方施主により再建されました。弘法大師さまの作といわれる聖観音菩薩があります。

本堂

大師堂

「一宮のお大師さん」として親しまれる大師堂。天井一面に先祖供養・家内安全を祈願した吊灯籠が納められています。

大師堂

一宮御陵

三基の宝塔で孝霊天皇(こうれいてんのう)・百襲姫命(ももそひめのみこと)・五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと)の供養塔ともいわれています。

一宮御陵

護摩堂

近年新築され、不動明王像を拝顔できます。毎月28日には10時より護摩を焚いております。

護摩堂

手水舎

こちらで手を清めてご参拝ください。お大師様がお迎えしております。

手水舎

三密会館

かつては宿坊としてお遍路さんに親しまれていました。現在では講習会や講演会などにご利用いただいています。

三密会館

一宮寺の庭園

当寺院に足を踏み入れると、参拝順路に沿うように広がる庭園に目がとまる方も多いのではないでしょうか。こちらは、京都にある藤井造園の園主・藤井稔氏によってつくられました。半世紀近く造園の世界で活躍され、京の名工さらに現代の名工にも選ばれた藤井氏のモットーは「庭に完成はなく、見るたびにさまざまな思いを感じるような庭造り」。それぞれの思いを胸に当寺院を訪れる方々に、一服の癒しとなるような空間となりますようにとの思いをこめています。

  • 庭園写真1
  • 庭園写真2
  • 庭園写真3